子どもの頃に、左利きをとがめられて、右利きに矯正した(された)人は多いのではないでしょうか。
たまに見かけるエピソードの中には『箸を左手で使うと手を叩かれた』という痛々しいものもあります。
『わたしの彼は左利き(麻丘めぐみ)』『サウスポー(ピンクレディー)』のようなヒット曲も有った昭和時代でしたが、左利きの人の置かれた境遇は決して明るいものばかりではなかったようです。
ただ、医学的根拠があって矯正を行っていたのなら良いのですが、手を叩くなんて行為は今の時代であれば虐待です。
仮にこの矯正が虐待に相当するとしたら、その成長過程に弊害はないのでしょうか。
幼いころの悲しい記憶がよみがえる矯正するときに叩かれた左手
実は私自身も左利きなのですが、親から矯正されませんでした。
母に話を聞くと、『しつけとして一度だけ箸を右手で持つように言ったけど、直そうとしなかったからそのままにしておいた』と言うのです。
また、文字は最初から鉛筆を右手に持ったらしいです。
そのため、私自身は左利きでイヤな目に遭ったことが有りません。
成長して気づいたのですが、母自身もほとんどのことを左手でやっていますし、私の親族には左利きや両利きの人が多かったのです。
私の場合は環境に助けられたようなものですが、やはり左利きの矯正でイヤな目に遭ったことがある人がいるのは間違いないです。
冒頭に書いた手を叩かれた人のエピソードは、私の友人の話だからです。
これが障害と呼ぶほどの出来事なのか、そこまで突っ込んで友人の話を聞いたことはありません。
しかし、幼い頃に生まれ持った性質を否定され、叩かれたり右手を使うように強要されたりした記憶はあまり思い出したくないはずです。
左利きを無理やり矯正されると食事を楽しめず隠し事をする子が育つ
では、医学的には左利きの矯正やその障害について何かエビデンスのようなものが有るのでしょうか?
次は少し科学的に調べてみたいと思います。
まず割合ですが、人間は9割が右利き、1割が左利きと言われています。
左利きはいわゆる少数派ということになります。
現代のようにダイバシティという考え方があれば少しは違ったのかも知れませんが、残念ながらそのような考え方ができる人も社会の少数派でした。
そのため、人の間のルールや社会のモノ・コトにまでそれは及んでいます。
ドアノブ、水道の蛇口、あらゆる道具が標準的には右利き用に作られています。
そのため左利きの人はそれに順応するか、専用の道具(たとえば左利き用のハサミ)を買うなどして対応するしかないのです。
そもそもなぜ左利きと右利きが有るのでしょうか?
それは脳の構造の違いによるものではないかと言われています。
この仮説が正しいのだとすれば、左利きの人は日々ストレスを抱えながら生活していることになります。
また、矯正されたことが様々なことに影響するのも分かっています。
たとえば、箸を右手で持つように矯正された左利きの子どもの中には、食事そのものをたのしく感じることができない人がいます。
また、矯正されたこの中には人前では右利きを装いながら、それ以外ではすべてのことを本来の左利きで対応する人もいます。
そのような人の中には、常に隠し事をしているかのような罪悪感が自分の中に生まれ、苦しむ人もいます。
左利きは身近なマイノリティー受容できる豊かな世界を築いていこう
世間の常識だからと左利きに矯正したあげく、生活面や精神面で障害を背負う人がいます。
私自身はおおらかな環境にいたおかげで、利き手にコンプレックスを感じることもなく成長しました。
そして、現代では左利きで活躍する有名スポーツ選手も数多くいるため、徐々にその偏見も減ってきているように感じます。
また、左利き用の道具もたくさん登場し、環境的にはずいぶん整って来ています。
多様性が囁かれる現代、身近な人の左利きを受け止めるだけでも、非常に大きな一歩になりそうです。
